大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(ワ)10906号 判決

原告

小山内兵吾

右訴訟代理人

鈴木秀雄

〈外二名〉

被告

沖貞仁

被告

株式会社

沖硝子商行

右代表者

沖貞仁

右被告ら訴訟代理人

平沼高明

〈外二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因第一項の事実のうち、被告沖は、昭和二四年七月一九日訴外株式会社日の出組から本件土地の賃借権を承継したことは当事者間に争いなく、〈証拠〉によれば、原告と被告沖は、昭和二四年七月一九日本件土地の賃貸借契約の期間については、被告沖が日の出組の賃借権を承継した関係上日の出組が原告から賃借した昭和二三年一二月二〇日から満二〇年を経過した翌日である昭和四三年一二月二〇日までとすることと定め、その旨の土地賃貸借契約証書(甲第三号証)を作成したことが認められ〈る。〉

二原告は、被告沖に対し、昭和四三年六月一六日到達の内容証明郵便によつて、請求原因第一項記載の賃貸借について期間満了時には更新を拒絶する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

三そこで、進んで、原告の右更新拒絶について正当事由があるか否かについて判断する。

(一)  原告は、本件土地の隣接地において会社組織をもつて煎りゴマの製造販売を業としていること、都市計画により原告経営の店舗前にある国道一五号線が拡幅され、原告経営の店舗敷地部分も含めて原告所有地も収用されること、被告沖は、被告会社を株式会社組織とし、本件土地上にてガラス・ウインドウ等の製作販売等を経営していること、被告らは本件土地以外に被告沖、被告会社、被告沖の妻の各名義で請求原因第四項の(二)の1の(1)ないし(5)の土地・建物をそれぞれ所有していることはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  そして、右事実と〈証拠〉を総合し、弁論の全趣旨に鑑みると、次の事実を認めることができ〈る。〉

1  原告は、大正一四年頃から煎リゴマの製造販売をはじめたが、極めて旺盛な需要に支えられて逐年隆盛の一途を辿り、大東亜戦戦争の頃には、一二〇坪にも達する工場・倉庫を所有し、寄宿させる従業員も一五人を擁して盛大に営業を続けていた。終戦直前事業は一時途絶えたが間もなく再開したところ、再び盛業の一途を辿り、設備・機械等も次第に充実拡大してきた結果、昭和四三年一二月頃には、原告所有の土地上に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建工場兼倉庫(床面積一階71.64、二階66.92平方メートル)と木造亜鉛メッキ鋼板瓦交葺二階建居宅兼事務所(床面積一階31.25、一階27.25平方メートル)を所有し、右居宅部分には原告と原告の長男家族が居住する一方、他は原告の経営する会社の工場・倉庫・事務所等として使用し、従業員男女各四名程度を雇つて一日約二〇〇キロの煎りゴマを製造し販売していた。

2  しかしながら、その当時設置されていた皮剥ぎ機一台、洗浄機一台、脱水器一台等の設備では社会の需要の伸びに応じることができないのみならず、工場の安全・衛生の面からも最低限約五〇坪の工場が必要であり、また地方から上京して来る従業員のための宿舎等が全く確保されていなかつたため、原告としては、本件土地上にこれに相応する工場・寄宿舎等を建築する必要に迫られ、本件土地の賃貸期間の満了する昭和四三年一二月二〇日にはぜひ本件土地を明渡してもらうべく被告らと交渉したところ、これを拒絶されたので大森簡易裁判所に本件土地の明渡を求める調停を申立てたが、昭和四四年九月右調停が不調となつたため本件訴訟を提起するに至つた。

3  ところが、原告は、昭和四四年一一月頃前記の工場兼倉庫一棟を取毀わしたうえ、その跡地に昭和四五年一〇月頃鉄筋コンクリート造陸屋根七階建居宅・事務所・作業所・倉庫(床面積一階ないし五階各一三五、六階30.78、七階26.84平方メートル)を建築所有し、現在右建物の一階を事務所、二階を工場、三階を原告と長男家族の居宅、四階を次男家族の居宅、五階を従業員の寄宿舎としてそれぞれ使用しているほか、昭和四九年一二月一二日頃から原告所有の大田区東蒲田一丁目一七番地の土地上に地上五階建の小山内ビル(床面積202.79平方メートル)を建築中である。

(三)  他方、〈証拠〉を総合し、弁論の全趣旨に徴すると、次の事実を認めることができ〈る。〉

1  被告沖はもと、大田区東蒲田二丁目四番地上の自己所有の建物でショーウインドウの製作販売を業としていたが、昭和二四年七月一九日訴外株式会社日の出組から本件土地の借地権を譲り受けて昭和二六年一〇月頃右土地上に木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗兼居宅を建築所有し、右建物に店舗、居宅を移したのであるが、昭和二九年三月一日被告沖の家族らが出資して被告会社を設立し、右建物の所在地を本店として、板硝子、陳列ケース、ウインドウ菓子容器等の販売を継続することにしたが、その後も営業は隆盛の一途を辿り、本件土地附近に漸次土地を買求め、あるいは建物を建築してこれらをいずれも被告会社の材料置場、従業員宿舎等として使用してきた。

2  そして、昭和四二年一二月頃には、被告らは、被告沖、被告沖の妻、被告会社名義で、請求原因第四項の二の1記載の土地、建物を所有していたことは前示のとおりであるところ、(1)の土地はその地上の建物とともに他に時計店および薬局として賃貸し、(2)の建物は被告会社の材木置場、塗装場、従業員宿舎として、(3)の建物は被告会社の材木置場、塗装場、従業員宿舎としてそれぞれ使用し、(4)の建物は他に賃貸し、(5)の土地は右(2)(3)の土地の敷地として使用しているが、右(5)の土地と右地上に存在する(2)、(3)の建物はいずれも国道一五号線の拡幅工事によつて近い将来収用・取毀わされる予定であり、また他に賃貸中の土地家屋も容易に明渡を求めることもできない状況である。

3  また、被告らは、永年の営業努力によつて本件土地附近一帯において右ショーウインドウ等の製作販売等を軌道に乗せ、これにより生活の資を得ているのであり、本件土地の地理的状況、被告会社の営業規模、業態からして、被告らにとつて本件土地はその営業上欠かすことができない。

(四)  以上に認定の各事実関係にもとづき、本件土地に対する当事者双方の事情を比較考量して判断すると、原告は、その経営する煎りゴマの製造販売業をさらに発展せしめるための倉庫、作業場、寄宿舎等の建設のため本件土地を利用することを強く希望していることは明らかであるが、原告が現在すでに使用しあるいは建築中の建物は、その営業の規模、業態等からして、必ずしも狭隘であるといい得ないのに反し、被告らはすでに二十年余の間本件土地上の建物を中心としその附近の土地、建物とともに営業の本拠として使用しているのであるから、現在所有・使用中の建物の一部が都市計画によつて取毀わされるうえ、本件土地を明渡すことになれば、他に営業の本拠を探し求めねばならず、社会生活上相当の不便・不利益を被ることが明らかである。したがつて、被告らの本件土地利用の必要度は原告のそれに比して大きく、原告の更新拒絶についてはいまだ正当の事由があるとは言い難い。

なお、弁論の全趣旨によると、原告は、本訴提起後である昭和四六年八月頃から翌四七年九月までの一年余に亘つて試みられた裁判上の和解において、被告らに対し、借地権買取、土地売買、借地契約更新等種々の提案をしてその解決に努力してきたことが窺われるが、前記認定の事実関係のもとにおいては、原告の右のごとく種々の提案によつても、被告らの代替土地の入手が確保され、かつ、移転に伴う損害等が十分に償われ、これにより原告の更新拒絶に正当事由が具備されるに至つたものと認めることは困難であり、他に右の認定・判断を覆えして、正当事由を認むべき特段の事情も見出し難い。

四してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないことに帰着するので、失当してこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(塩崎勤)

物件目録〈略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例